あまりにも有名な兄弟喧嘩のお話しです。
ドイツ・ワールドカップの決勝、イタリアvsフランス。
ジダンの頭突きが話題をさらったこの戦いが、実はスポーツブランド界においても因縁の対決であったことを知る人も多いと思います。
イタリアvsフランス、プーマvsアディダス・・・・・
サッカーシューズのみならず、今ではスポーツ全般で対決姿勢をみせている両者ですが、実はそのルーツは会社創業期まで遡ります。
ドイツ北部、片田舎の町に生まれたルドルフ・ダスラーとアドルフ・ダスラーの兄弟。
この2人が1920年に起した製靴会社・ダスラー兄弟商会は、ベルリンオリンピックでジェシー・オーエンスが彼らの創ったシューズをはいて大活躍したことをきっかけに、一躍町のシンボル的存在に登りつめます。
しかし、些細なことからふたりの間の誤解や不信が大きくなり、ついには兄弟は袂(たもと)を分かつことになるのです。
町の中央を流れる川をはさんでふたりは別々の会社をつくり、アドルフは自分のニックネームの "アディ" にダスラーをつけて 『アディダス』 とします。
一方ルドルフは「ルーダ」としましたが、翌年 『プーマ』 と改めました。
後に世界に名を轟かすことになるスポーツブランドは、こうして川を挟んだ小さな工場から始まったのです。
その後、買収合戦をくりかえし存亡の危機を何度も乗り越えて、アディダスとプーマは成長を遂げて行くことになります。
しかし現在、両社に創業者一族はもういません。
事業のつまづきなどから会社は人手に渡り、経営者は替わっているのです。